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精神科の暗黒面 ~精神病棟における看護師への暴力~


これは米国で特集された、精神病棟で勤務する看護師たちの過酷な労働環境について取り上げた記事を翻訳したものである。この問題は米国に限った話ではないという記述も出てくる。

そこに日本は含まれていなかったが、日本の精神病棟でも恐らく同じ問題があると考えられる。精神病棟という、一般的な精神疾患患者ではなく責任能力が問われないレベルの重度の患者が隔離される施設内で起こる問題だけに、メディアも専門家も基本的に触れにくいのだろう。下手に触れると「その手の団体」がすぐに抗議を起こしてくるという問題もある。

過去、NHKハートネットで、隔離病棟の患者側が受ける虐待問題を取り上げることがあったが、逆に職員側が受ける暴力トラブルを取り上げるメディアが一切ないことに、私は何か違和感を感じていた。患者が絶対的な存在で、職員は患者の自由意思を奪い、虐待を行う悪しきイメージでしか報じられない。

だが、海外の記事を調べると、この手の問題を取り上げる記事が幾つか出てくる。読むと、やはり患者が絶対優位の立場の中で、医療従事者たちが苦しい立場に置かれている現状が浮かんでくる。

拘束具はやりすぎかもしれないが、時に拘束せざるを得ない状態の患者がいることもまた事実である。患者の権利侵害ばかりが報道されて、医療従事者たちの権利と安全が蔑ろにされているのは如何なものだろうか。人員が不足する中で、増加する一方の患者に対応せねばならない現場スタッフが置かれた危険を、多くの人は知る必要がある。

 

 

患者の暴力でPTSDを抱える看護師の割合
精神科の看護師は、患者の暴力に苦しめられることが多く、困難な立場に立たされることがあまりに多い。

ロイス・モイランは、かつての職場である精神病棟で、失明した看護師を見たことがあります。患者に絞め殺された看護師や、傷を負い後遺症に苦しむ看護師を見てきました。「これは精神医療における現実の問題であり、多面的な問題です」と、ロングアイランドのロックヴィル・センターにあるモロイ大学の看護学教授であるモイラン教授は言います。

精神科の看護師にとって、職場における暴力や暴行は日常茶飯事です。暴力を振るう患者の割合は、精神科に入院している患者の5人に1人以下ですが、2020年の調査によると、精神科の看護師の80%がキャリアの中で暴行を受けると言われています。

これは世界的な問題であることが明らかになっています。米国、ボツワナ、ドイツ、ノルウェー、台湾、英国といった国々で、精神科の職員が暴力やトラウマの危険に晒されていることが研究によって示されています。

患者による看護師への暴力は身体的な傷害に留まらず、後遺症で苦しませることもあります。今回調査を行ったゾーイ・ヒルトン率いるチームは、ウェイポイント研究所とトロント大学の精神研究者のチームです。

761人のカナダの精神科看護師を調査した結果、16%がPTSDの基準を満たす精神的な傷を負っていることが判明しました 一般のカナダ人のPTSD発症率が2.4%であることを考えると非常に大きい数字です。「PTSDに該当する職員が多いことが気になった」と、ヒルトン博士は言う。

この数値は、2020年に学術誌「Psychiatric Services」上で発表された研究によるものです。他の地域の研究でも、精神病棟の看護師のPTSD発症率は平均9〜10%という数字が示されており、カナダの一般的な発症率と比べ非常に多いことが判明しています。

モイラン教授は「これは非常に難しい問題です。最近まで注目されていないことでした」と語ります。

 

 

患者による暴力の具体例
モイラン教授はまた、精神疾患という性質上、外部の人たちはこの問題を単なる「精神病質の患者と看護師」という単純な二元論でしか着眼していない点が、問題を複雑にしていると口調を強めます。「暴力を振るう患者の中には、責任能力が無く、自分の行動に責任を一切持てない人がいることを、精神科で働く人たちは理解しています」(モイラン教授)。

患者による暴言や暴力被害は、医療や精神科の環境で働く人なら誰にでも起こりうることです。しかし、モイラン教授によれば、看護師は精神医療システムの中で、患者と医師・医療を繋ぐ重要なメッセンジャーの役割を占めている為、特に危険に晒されていると言います。精神科医や病院の管理者が治療行為の意思決定をしても、実行に移すのは最終的に看護師なのです。

例えば、看護師は、患者に薬を飲ませたり、患者によっては禁煙・禁酒を徹底させる為に管理し注意しなくてはならない立場であることが多い。例え精神科医の比喩的なメッセンジャーに過ぎないとしても、看護師はその責任を即座に負わされる存在なのです。

テキサス州の精神病棟看護師ベリンダは、「私たちがある患者を部屋に戻そうとした時、彼は私の手を蹴り指の骨を折りました。彼はまた、何人かのスタッフの顔や上半身を殴り、1人のスタッフの顔を蹴り、髪をごっそりと引きちぎりました」と言う。

また、危険性が高い重篤精神疾患患者だった為に、スタッフや看護師が入院受け入れを反対したものの、経営者が患者側の家族の希望を優先して入院させた患者もいたとベリンダは言います。

特別に広い治療室に収容されたにも関わらず、「彼はスタッフたちを殴り倒し、何人もER(救急医療室)に送り、壁を壊し、鍵のかかったドアを壊し・・・トイレにさえ連れて行けないので、部屋全体を改装する必要がありました」と彼女は語ります。


老齢期の患者を中心に受け入れる精神科で働いていると、暴力を頻繁に目にすることがあるという。プライバシー上の理由で匿名を希望した、スコットランドの老齢期精神科で働く精神科看護師は言います。

「私はエーラス・ダンロス症候群なので、患者が私の手を掴んで捻ることで指の脱臼を引き起こしたことが何度もあります。また、看護師が髪の毛を掴まれて廊下に引きずり出されたこともあります」

また、暴力は身体的なものだけでなく、言葉によるものも多いと強調する。「私は頻繁に悪態をつかれたり、性的で卑猥な発言をされたり、脅迫されたり、私個人に関する差別的発言をされます」。

彼女は、脅迫は患者からだけでなく、患者の家族からも来ることがあると言います。「患者の家族がソーシャルメディア上で私のことについて繰り返し投稿し、悪口を書かれたことがあります」。

 

 

現場の声よりも利益優先の経営陣
看護師によると、問題を悪化させる原因を作るのは病院の経営陣であり、看護師たちは自分たちが抱える不安や恐怖を無視されていると感じることが多いそうです。スコットランドの老齢期精神科の看護師によると、病院の管理職側が看護師たちの訴えを真剣に受け止めるには、実際に襲撃され怪我を負うなど事件性が必要だといいます。

「管理職は机に座り、自分たちの考えだけで規則を作り、現場のスタッフの現実がどうなっているか決して確認しない」とベリンダは言います。看護婦が働きやすい環境づくりよりも、病院の利益を優先されることがよくあるという。危険性がある患者でも、保険金目当てで経営者が入院を受け容れさせることもあるそうです。

テキサス州では、事件を起こした精神疾患患者が警察に強制入院させられることも多く、経営側にとって収入源となっているという。その為、警察を巻き込むことは経営側にとって喜ばしいことであり、看護師は危険に晒される可能性が出てくる為、抵抗があるとベリンダは考えている。


イギリスの国民健康保険施設に勤務している看護師は、経営者が財政を気にしてばかりの為、適切な措置を取ってもらえないと感じています。また、この問題を妨げている文化的な要因にも気付いているといいます。

一般的に「精神科は異常者がいるのだからこういうこともあるさ」という認識を持たれたり、被害者である看護師を責める態度を取る人も多いという。

「一般病院の看護師は、患者から暴行を受けた場合、通報制度や警察への相談、配属先の変更など、補償のサポートが充実しています。一方、精神科に従事している者が暴力を受けることは仕事の一部である」という文化が確かに存在しているのです。

ベリンダは、「精神科の看護師たちは常に何かをするように強要され、逆らうと免許を失うと脅かされたりする。告訴しないように強要されることもあります」と彼女は語ります。そして後から「もっと早く動くべきだった」とか「彼らがあなたを傷つけようとしていることを認識すべきだった」とも言われます。終わってからでは遅いのです。

ロイス・モイラン教授は、これが古くからの精神医療現場の常識であると言います。病院の規則では報告が義務付けられているにも関わらず、「報告することが必ずしも奨励されていたわけではありません」と彼女は言います。

全ての医療従事者が職場での暴力の危険に晒されていることは事実ですが、一方で、精神科のスタッフたちは特に危険に晒されている可能性がありますが、こうした文化的要因がその理由の1つになっているのです。

 

 

問題解決に必要なこと
ヒルトン博士は、医療従事者のPTSD有病率の調査に関して、彼女の研究が最も現実を捉えていると考えています。

「他の分野の専門家たちが行った研究では、PTSDの有病率は9%~10%台、暴行経験が24~80%とバラバラで幅広い数字となっており、具体性が掴みにくい数字でした。私たちの調査結果が示した数字は、精神科勤務者のPTSD発症率が高い数字であることを証明できたと思っています」。

モイラン教授は、数十年に渡り精神病棟での暴力を研究してきました。「患者の暴力によって看護師が身体的な危険に晒される可能性がある時、医療従事者は介護者として、思いやりのある介護をとることができるのでしょうか?」と語ります。

この件に関し、ヒルトン博士は「患者も病を抱えており、どちらかが一方的に悪いということはないと私は思っています。一方で、スタッフの安全確保と身を守る権利は、精神科に通院している患者に思いやりのあるケアを提供し続ける為に重要です」と言います。

しかし、ある看護師は、ヒルトン教授の発言はこの状況から距離を置いて見ることをしており、問題の本質に触れていないと語ります。

「すぐにピーナッツバターサンドを買って来なかったからと言って、殴られるようなことは一方的ではないのでしょうか?彼ら(患者)は看護師に対し具体的な要求をしてきます。その要求に迅速に応えないと私たち看護師を殴ってきます。それはつまり、患者たちは判断能力が十分にあり、精神病を言い訳には出来ないはずです」。

 

そして、インタビューに答えてくれた看護師が同意したことは、病院の経営陣が看護師を高く評価し信頼することが、この問題の解決する為に最も重要だということです。

「病院でより高度な急性期治療を行う為には看護師の協力が必要不可欠です。それを経営側は理解する必要がある」とベリンダは言います。

「経営陣は私たちの臨床判断を信頼する必要があると思います。医師は患者を少ししか見ることが出来ないので、病に罹った背景やプレゼンテーションの多くを看護師が引き継いでいるのですから」とスコットランドの看護師は言います。

モイラン教授は、適切なスタッフを確保することが、質の高いケアを提供するために重要であるといいます。「スタッフは非常に重要です。そして訓練が重要です」と彼女は言います。精神科医から看護師、准看護師に至るまで、精神病棟に定期的に関わる全ての人が、暴力的な患者を鎮め身を守る為の勉強と訓練を受けるべきだと言います。

スコットランドの看護師も同意見です。「私たちは適切な訓練を受けていない非正規スタッフと共に仕事をしなければならないことが何度もありました。これは明らかにリスクを高めるもので、人員不足だけを暴行の理由として挙げることはできないと明確に言えます」。

「人事の問題は別として、この問題を軽減するには精神疾患と精神科への偏見をなくし、患者だけではなくスタッフたちが早く助けを得られるようにする必要があります。これが問題解決に必要です」とベリンダは最後にそう語ってくれました。