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時の流れでは癒されない心の傷 幼少期の心理的虐待・ネグレクト 中編


時の流れでは癒されない心の傷:児童虐待の神経生物学的考察 中編

Martin H. Teicher, M.D., Ph.D.(マーティン・H・タイシャー医学博士)の研究より

 

 

 

異常の連鎖

タイシャー博士の研究、および他の科学者の研究は、幼少期の虐待に関連する脳の異常のコンステレーション(一見無意味な複数の物質の配列が実は全体的な意味を持っている等を指す用語)を明らかにしている。それは次の主要な構成要素である。


辺縁系過敏症:
側頭葉てんかん(TLE)を示唆する症状の有病率が著しく増加し、臨床的に有意なEEG(脳波)異常の発生率が増加することで症状が明らかとなる。左半球の発達と分化が不十分で、大脳皮質と海馬に顕著に現れる。記憶の検索や回復に深く関与している。

■左右半球の統合不全:
記憶を呼び起こす際の半球活動の著しい変化や、両半球を繋ぐ脳梁の中間部の未発達によって示される。感情や注意力のバランスに重要な役割を果たし、大脳辺縁系の電気的活動を制御していると思われる小脳縁(脳の両半球の間の帯状の部分)の異常な活動に繋がる。


それぞれの異常の主な根拠は以下の通りである。

てんかんに似た症状
側頭葉てんかん(TLE)は、脳の側頭部や大脳辺縁系に発作を起こす疾患で、米国では人口の0.25%から0.5%の人が発症していると言われている。

これらの領域は脳内の様々な部位に存在する為、頭痛、しびれ、めまい、立ちくらみなどの感覚的変化、凝視、痙攣などの運動症状、或いは、顔面紅潮、息切れ、吐き気、エレベーターに乗っている時のような胃の感覚などの自律神経症状など、TLEにはありとあらゆる症状が存在する。

TLEは、あらゆる場面で幻覚や錯視を引き起こす可能性がある。よくある視覚的な錯覚は、模様、幾何学的な形、点滅する光、「不思議の国のアリス」の世界で見られるような物の大きさや形の歪みなどである。

その他によくある幻覚は、リンリン、ブーンという感じの音や、繰り返される声、金属味、悪臭、不快な臭い、何かが皮膚の上や下を這っているような感覚などがある。

デジャヴ(初めて見たはずなのに既視感がある)、またはジャメヴ(見慣れているものが見慣れないものに感じる)の感覚も多くみられる。誰かに見られている、監視されているという感覚や、心身の解離(第三者として自分の行動を見ている感覚)も現れる。

側頭葉発作の情動症状は、通常、前兆等がなく突然起こり気付けば終わっていることが多い。悲しみ、恥ずかしさ、怒り、幸福感などが全く無い状況での爆発的な笑い、平穏、そして多くの場合は恐怖が含まれる。

TLEは、その症状が他の精神疾患神経症等に類似している為、診断が困難である。TLEの特徴的な脳波(EEG)の異常放電は、頭皮電極で拾えるほど脳表面に近い発作時の脳波でのみ観察することができる。

この客観的なEEGデータがない場合、診断には症状の頻度と重症度に基づき、その症状の原因となる他の可能性を除外することが必要となる。


幼少期の虐待と側頭葉系機能障害の関係を探る為、タイシャー博士のチームは、患者が側頭葉系発作の症状を経験する頻度を校正する「Limbic System Checklist-33」(LSCL-33)を考案した。

博士は、精神科評価の為に外来精神科クリニックを訪れた成人253人を対象に過去の背景を調査した。半数強が身体、精神、性的、或いはその全ての虐待経験があると答えた。

虐待経験がないと答えた患者と比較して、LSCL-33の平均得点は、虐待を受けた患者で38%高く、特に性的虐待を受けた患者では49%と高いスコアだった。複数の種類の虐待経験がある患者の平均スコアは、虐待経験がない患者よりもスコアが113%も高かった。男性も女性も幼少期の虐待の影響を同様に受けていることが分かった。

予想通り、脳がまだ急速に発達している最中である18歳以前への虐待は、成人以降の虐待よりも辺縁系過敏症に大きな影響を与えていることが分かる。18歳以降に身体、精神、性的虐待を受けた患者のスコアは、虐待を受けていない患者と有意な差はなかった。

しかし、複数の虐待を受けた患者は、虐待を受けた年齢に関係なく脳に強い影響を受けていることも分かった。18歳以降に初めて複数の虐待を受けた患者は、幼少期~18歳までに虐待を受けた患者とほぼ同じ影響を脳に受けていることも分かった。



脳波の異常
第2の研究は、小児期の身体的、精神的、性的虐待が、神経生物学的異常の特定な症状と関連しているかどうかを確認しようとするものである。

我々は、児童および思春期の患者を専門とする精神病院に入院した115人の記録を細かく調査し、異なるカテゴリーの虐待と脳波の異常の証拠との関連性を探った。その結果、幼少期に外傷歴のある患者の54%に臨床的に有意な脳波異常が認められたが、虐待を受けていない患者では27%に過ぎなかった。

虐待を受けた患者では、精神的虐待を受けた患者の43%、身体的虐待、性的虐待、またはその両方の既往が報告された患者の60%、深刻な身体的または性的虐待を受けた患者の72%で脳波異常が観察された。

虐待やネグレクトの既往がある患者における脳波異常の全体的な有病率は、少年と少女、子供と青年の間で同じであった。

虐待を受けた患者と受けていない患者の顕著な違いは、左側の脳波異常であった。非虐待群では左側の脳波異常は殆ど観察されなかったが、虐待群では非常にに多く、右脳の異常の2倍以上であった。精神的虐待を受けたグループでは、全ての脳波異常が左側であった。

虐待経験が左半球の発達に影響を与える可能性をより確実に深く掘り下げる為、チームは神経心理学的検査の結果に左右半球の非対称性を示す証拠を探した。

患者の視覚空間能力(主に右半球が支配)と、言語能力(主に左半球が支配)を比較した。非虐待群では、左半球の障害は右半球の障害の約2倍であったが、身体的、精神的、性的虐待を受けた患者では、左半球の障害は右半球の障害の実に6倍以上であった。

精神的虐待の経験がある患者では、左半球の欠損は右半球の欠損の8倍以上であった。このことは、あらゆる虐待が左側の脳波異常と神経心理学的検査における左半球の欠陥の有病率の増加と関連している、という我々の仮説を裏付けるものであった。



左半球の異常
幼少期の虐待経験によるトラウマが左半球の発達に及ぼす影響を調べる為、脳の構造を示す高度な脳波の定量分析法を用いた。脳の機能を明らかにする従来の脳波とは対照的に、脳波コヒーレンスは脳の配線や回路の性質に関する情報を提供してくれる。

一般的に、脳波コヒーレンスのレベルが異常に高い場合は、脳の電気信号を処理し修正する大脳皮質の精巧な神経細胞ニューロン)の相互接続の発達が低下している証拠と言える。

我々はこの手法を用いて、激しい身体的、精神的、性的虐待の経験がある児童・思春期の精神病院の患者15名と、健康なボランティア15名を比較検討した。

患者とボランティアは6歳~15歳で、右利き、神経障害や知的障害・知能異常の既往はない。脳波コヒーレンスを測定したところ、健常者の左皮質は右皮質よりも発達していることが分かった。これは右利きの人たちの脳を支配している半球の解剖学的構造について知られていることと一致する(右利きは左皮質が発達する)。

しかし、被虐待者群は全員が右利きであるにも関わらず、左皮質よりも右皮質が顕著に発達しており、左半球は発達が止まっているかのように大幅に遅れていた。

この大脳皮質の異常は、うつ病PTSD、行為障害といった患者の主診断に関係なく現れた。この異常は左半球全体に及んでいたが、最も影響を受けたのは側頭部であった。

この左皮質の未発達という結果は、被虐待患者が左半球の脳波異常と神経心理学的検査による左半球(言語)障害を増加させたという、我々が以前に得た知見と一致するものであった。



海馬に与える影響
海馬は側頭葉に位置し、記憶と感情に関与している。海馬は非常に緩やかに発達し、出生後も新しい細胞を作り続ける脳の数少ない部分の1つである。海馬の細胞には、ストレスホルモンであるコルチゾールに反応する受容体が非常に多く存在している。

動物実験では、コルチゾールといった高レベルのストレスホルモンを大量に浴びると、発達中の海馬に有害な影響を与えることが示されている為、この脳部位は幼少期に強いストレスを受けると極めて大きな悪影響を受ける可能性がある。

イェール大学医学部のダグ・ブレムナー博士(PTSD治療のプロフェッショナルとして著名な人物)らは、幼少期の身体的、精神的、性的虐待の経験者でPTSDを持つ17人の成人のMRIスキャンを、年齢、性別、人種、手の大きさ、教育年数、体格、アルコール依存年数が一致する17人の健常者と比較調査した。

PTSDを持つ虐待経験者の左海馬は、健常者の海馬より12%小さかった。右海馬は正常で、扁桃体尾状核、側頭葉など他の脳部位も正常だった。記憶における海馬の役割を考えると驚くことではないが、PTSD患者は健常者グループと比べて言語と記憶のスコアが低かった。

同じ研究チームのマレー・スタイン博士は、幼少期に性的虐待を受けた女性にも左海馬の異常を発見した。彼女たちの左海馬の容積は有意に減少していたが、右海馬は比較的影響を受けていなかった。

21人の性的虐待を受けた女性のうち、15人はPTSD、15人は解離性障害であった。彼女たちは、症状の重症度に比例して左海馬の大きさが減少していた。

これらの研究は、児童虐待が左海馬の発達を永久的に変化させ、その結果、成人期まで続く言語と記憶の欠陥と解離症状を引き起こす可能性があることを示唆している。



左半球から右半球へのシフト
左半球は言語の知覚と表現に、右半球は空間情報の処理に、そして負の感情の処理と表現に特化している。そこで私たちは、虐待を受けた子供たちは、幼少期の辛い記憶を右半球に保存し、その記憶を思い出すと、そのような過去を持たない人よりも右半球が活性化するのではないか、と考えた。

この仮説を検証する為、成人において、中立的な記憶を想起する時と、幼少期の辛い記憶を想起する時の大脳半球の活動を測定した。

虐待歴がある人は、中立的な記憶について考える時は左半球を主に使い、幼少期の辛い記憶を想起する時は右半球を使用していることが見えてきた。対照群では、より統合的な両側性反応を示した。



不十分な脳梁の機能
幼少期の虐待の影響は、タイシャー博士たちが発見したように右半球と左半球の統合の低下と関連していることが分かった。博士たちチームは、2つの半球を繋ぐ脳梁に何らかの欠陥があるかどうかを調べる必要があると考えた。

調査の結果、虐待やネグレクトを受けた少年では、対照群に比べ脳梁の中央部が有意に小さくなっていることが分かった。男児では、ネグレクトが他のどのタイプの虐待よりも遥かに大きな影響を及ぼし、身体的・精神的、性的虐待は比較的小さな影響しか及ぼさないことも分かった。

一方、女児では、性的虐待が非常に大きな要因であり、脳梁の中央部の大きさの大幅な減少に関連していた。これらの結果は、ピッツバーグ大学のマイケル・デ・ベリス教授によって独自に再現され、霊長類における研究において幼少期の虐待体験が脳梁の発達に及ぼす影響が細かく確認された。

 

 

脳内の怒り・イライラ
数十年前の動物実験による研究により、ストレスが脳に生じる一連の流れが見えてきた。小脳、特に脳の奥、脳幹のすぐ上にある小脳縁と呼ばれる部分に伝達される可能性があることが分かったのである。

海馬と同様に、この部分は徐々に発達し、生まれた後も新しい神経細胞ニューロン)を作り続ける。また、海馬はストレスホルモンの受容体の密度が非常に高く、ストレスホルモンに晒されると、その発達に著しい影響を与えることも分かってきた。

うつ病躁うつ病統合失調症自閉症、注意欠陥・多動性障害などの精神疾患に、小脳の異常が関係していることが、新たな研究で示唆された。私たちは、小脳全体が運動調整にだけ関与していると考えていたが、注意や感情の調節に重要な役割を果たしていると考えるようになった。

特に小脳虫部は、てんかん大脳辺縁系の活性化の制御に関与していることが分かってきた。子供への虐待が小脳虫部に異常を引き起こし、後の精神疾患の一因に繋がるのではないだろうか?

この仮説を検証したところ、小脳虫部は、大脳辺縁系の電気的過敏性(怒りやイライラ)を制御し鎮める為に活性化することが分かった。虐待経験者は、この機能が低下していると考えられる。大脳虫部は姿勢、注意、感情のバランスだけでなく、不安定な感情を調整する為にも重要である。後者の機能は、幼少期のトラウマによって損なわれていると考えるべきだろう。

続く。