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時の流れでは癒されない心の傷 幼少期の心理的虐待・ネグレクト 後編


時の流れでは癒されない心の傷:児童虐待の神経生物学的考察 後編

Martin H. Teicher, M.D., Ph.D.(マーティン・H・タイシャー医学博士)の研究より

 

 

 

愛情とオキシトシンレベル

タイシャー博士たちの研究により、幼少期の虐待経験がホルモンレベルを通して脳の発達に影響を与えることが判明している。

また、50年前に行われたシーモア・レヴィン博士とビクター・デネンバーグ博士の研究で、環境の小さな変化がラットの発達、行動、ストレスに対する反応に持続的な影響を与え続けることが示された。

乳幼児期のラットに、人間が毎日わずか5分間触る(ストレスを与える)ことを繰り返すという、ほんの小さなストレスの日々の積み重ねが生涯に及ぶ影響をもたらしたのである。

タイシャー博士のチームメンバーであるマイケル・ミーニーとポール・プロツキーは、この研究をさらに追及し実験を行った。

この研究で、母ラットに舐めてもらったり毛繕いをして貰うなど多く触れ合った子ラットたち(実験では検体の約3分の1)は発達面などが極めて正常な状態で成長を続けた。これは、人間に毎日5分間触られてストレスに晒されたラットであっても同様の結果であった。

対照的に、母親から隔離されたり関心を示されなかった子ラットたちは、ストレスレベルが不安定で、脳と行動の発達に悪影響を及ぼすことも分かった。


母ラットと子ラットの触れ合いが自然な状態であり、触れ合いがなく母から子への関心が低いことはネグレクトの一形態であると仮定すると、このモデルを使って人間の子供のネグレクトや虐待の生物学的影響を調べることができる。

母親の子供への関心が低いと、子の甲状腺ホルモンの分泌量が減少する。その結果、海馬のセロトニンが減少し、ストレスホルモンであるグルココルチコイドの受容体の発達に影響する。

ストレスホルモンの一つであるコルチコステロンは、このストレスホルモン受容体に依存する複雑なフィードバック機構(制御物質のコントロール機能)によって抑制されている為、受容体の発達が不十分だと、逆境に対するストレスホルモン反応が過剰になるリスクが高くなる。

このような理由から、母親による母性愛や子への関心の欠如は不安や恐怖のレベルを高め、アドレナリン反応を高める素因となる。この結果、代謝の変化や免疫・炎症反応の抑制、神経細胞の過敏性、発作への感受性の高まりなどが起こる。

コルチコステロン反応が異常に強くなると、脳の重量とDNA量が減少し、小脳と海馬の細胞成長が抑制され、髄鞘化(別名:ミエリン形成。高速情報伝達が可能になる。脳の発達に欠かせない機能)が阻害されるという結果もある。

これらの結果は、高度に髄鞘化された構造である冠状動脈の発達が不十分であること、海馬と小脳の発達が異常であることと一致する。

高濃度のコルチゾールは大脳皮質の発達も阻害するが、その脆弱性の程度は、虐待を受けていた時に脳がどれだけ急速に成長していたかに依存する。言語習得が著しい時期(2~10歳)には、左脳は右脳よりも急速に発達する為、幼少期の虐待の影響を大きく受けて非常に脆弱になる。


最後に、虐待やネグレクトを行う親の子供への関心低下は、親自身のオキシトシンの分泌が生涯に渡り減少していることや、ストレスホルモンであるバソプレシンの分泌が促進されることも関係していると考えられている。

トーマス・インゼル博士の最新研究によると、オキシトシンは愛情を深め、一夫一婦制の関係を維持する為に重要な因子であることが判明している。バソプレシンは性的興奮を高め、オキシトシンは絶頂と解放を誘発する為、両ホルモンは性行為時の性的反応のコントロールに非常に重要とされている。

これらのホルモン分泌量の影響を受けることで、例えばバソプレシンが過剰に分泌される一方でオキシトシンが慢性的に不足している為、子供に対して常にストレスや苛立ちを感じてネグレクトや虐待に繋がることが考えられる。

また、バソプレシンの効果で性的興奮の増強だけが強まり、オキシトシン不足で性交後の満足感が得られない為、パートナーとの精神的な繋がりなどが低下し、こういった要素も子供への虐待やネグレクトを引き起こす可能性があると考えられている。



神経生物学から症状学へ

以上のことから、幼少期の虐待は過剰な神経細胞の過敏性、脳波異常、側頭葉てんかんを示唆する症状と関連していることが判明した。また、左大脳皮質と左海馬の発達の低下、脳梁の縮小、小脳虫部の活動の減衰とも関連する。

このように、幼少期からストレスを受け続ける結果、脳の伝達物質に与える影響、つまり、幼少期の虐待が脳の発達に与える悪影響についての発見と、幼少期に虐待を受けた患者に実際に見られる様々な精神症状は、密接に関連していることが分かったのである。

幼少期の虐待には、多くの精神障害が関連している。その1つがうつ病である。幼少期の虐待経験者のうつ病発症は、左前頭葉の活動が低下した結果と考えて良いだろう。虐待に関連した左半球の発育不全は、うつ病発症のリスクを容易に高めることになる

同様に、大脳辺縁系における過剰な脳信号の過敏性、不安を調節する受容体の発達の低下は、パニック障害のリスクを大きく高め、さらには心的外傷後ストレス障害のリスクを増大させる。

また、脳のこれらの部位の神経化学的変化は、ストレスに対するホルモンの反応を高め、警戒心を高め、右半球を活性化させ、不安、怒り、ネガティブ、ヒステリック、疑念に満ちた感情を生み出す状態を作る。海馬の大きさの変化や、脳波で示される大脳辺縁系の異常は、解離症状や記憶障害を引き起こすリスクをさらに高める。


また、重度の虐待歴を持つ子供の30%が注意欠陥・多動性障害(ADHD)の診断基準を満たすが、通常のADHDの子供と比較して多動性は低いことが分かった。幼少期の虐待は、ADHDのような行動問題の出現と関連する可能性があると考えられる。

興味深いことに、最も信頼できるADHDの神経解剖学的所見は、小脳の大きさが減少していることである。また、脳梁の中間部の縮小とADHDのような衝動性の症状の出現との間に関連があることを発見した研究もある。

従って、幼少期の虐待はADHDの主要な要因に類似した脳の変化をもたらす可能性があると考えられる。

虐待を受けた患者は、右半球と左半球の統合が不十分で、脳梁が小さくなるというタイシャー博士のチームの発見は、精神医学で最も理解されていない障害の1つである境界性人格障害について興味深い例を示している。

大脳半球の統合が不十分な境界性人格障害者は、左半球の論理的が優位となり自身を過大評価しやすい状態から、右半球の非常にネガティブで批判的、感情的な状態へと急激に移行する可能性がある。


このことは、母子の愛情による相互の繋がりの欠如が右半球と左半球の機能の統合を阻害しているという説と一致する。親の言動が一貫性に欠ける場合(例えば、ある時は愛情を注ぎ、ある時は虐待する)、幼い子には両立しない2つの異なる感情やイメージが生まれる。

この場合、統合された想像イメージに達するのではなく、正反対の2つのイメージが形成され、肯定的な見解は左半球に、否定的な見解は右半球に保存される。このような心理的イメージと、関連する肯定的・否定的な感情は、子供が成長しても統合されず、大脳半球が自律(分裂)した状態となってしまう。分離された極端な2つのイメージが出来上がってしまうのだ。

この両極化した大脳半球の状態は、人に対し肯定的・好意的な感情になる時もあれば、突然拒絶したり嫌いになるといった極端な感情を生み出すことになる。オキシトシンバソプレシンを介した性的興奮の変化が加われば、境界性パーソナリティ障害の患者が波乱に満ちた人間関係しか築けない理由が分かるだろう。

 

PTSDへの対処

幼少期の虐待が脳に与える影響についての新たな知識と理解が、治療の為の新しいアイデアに繋がることを期待したい。しかし、タイシャー博士たちの研究から得られる最も大切な結論は、虐待を事前に防ぐということである。

幼少期の虐待が、発達中の脳に永続的な悪影響を及ぼし、精神面や人格を根本的に変えてしまうとしたら、早期に解決へ動き出せば脳の状態を元に戻せる可能性はあるだろう。だが、大人になってから元に戻せるかどうかと言えば疑問である。

幼少期の虐待やネグレクトに苦しんだ精神病患者は、健康な子供時代を過ごした患者に比べて、治療が極めてに難しく、社会的への負担も患者個人の費用も莫大である。さらに、幼少期の虐待は暴力的・反社会的な素養を構成させ、攻撃的な感情を引き起こす素因となり得る。

いつの日か、脳の発達の過程をグラフ化する方法が見つかり、ストレスによる異常の兆候を早期に発見し、各患者の経過と治療の効果を数値で確認できる時が来るだろう。しかし、それまでは早期治療で救わなくてはならない。


幼少期の虐待の結果として、辺縁系過敏症があり、気分不良(自分は不幸だと慢性的に感じるなど)、攻撃性、自傷行為、他人への暴力を引き起こす傾向がある。成人後も、この一連の症状は継続する。緩和する為に投薬が役に立つことがある。抗けいれん薬や、セロトニン系に作用する薬物が有効である。

使用量によって左右の半球の統合に変化が生じる可能性がある。抗けいれん薬は、情報の両側伝達を促進する可能性があることを示唆する研究もある。また、楽器の演奏など、左右の半球の連携(左右の脳を同時に使うこと)が必要なことに取り組むことで、左右半球の統合が改善されることもある。伝統的な心理療法が役に立つかもしれない。

非論理的で自虐的な認識を修正することに重点を置く認知行動心理療法は、右半球の感情や衝動を左半球でコントロールすることを強化することで効果を発揮する可能性があります。伝統的な動的心理療法は、左半球を意識しながら右半球の感情を統合し、両半球のつながりを強化することで効果を発揮する可能性がある。

PTSDの治療法として、眼球運動による脱感作・再処理法(EMDR)が注目されている。EMDRは視覚刺激によって左右の眼球運動を起こし、臨床医が患者を誘導して、フラッシュバックの原因となる記憶を呼び起こさせる。

まだ完全には解明されていないが、患者はこの眼球運動の間、辛い記憶に耐えることができ、記憶全体を統合させて処理することができるようである。この方法は、大脳半球の統合を促進し、眼球運動を調整する小脳を活性化することで、記憶に対する患者の強烈なフラッシュバックを和らげる効果があるのではないかと考えられている。

 

彼らの選択か、私たちの選択か?

社会は、子供を育てる為に蒔いた種を刈り取る。子供への虐待が身体的なものでも、精神的なものでも、性的なものでも、虐待はホルモンの変化を引き起こし、子供の脳を恐怖やストレスから対処するように仕向ける。

虐待を受けた子供は、表向きは恐怖を訴えず何事も無いように振舞っていても、脳が自動的に恐怖を感じるようになる。幼少期の虐待は、脳をより過敏で衝動的で疑い深くし、理性では制御できないような闘争(或いは逃避)的な反応に振り回されやすくする。

脳は恐怖から防御する為にプログラムされており、絶え間ないストレスや恐怖にも生き延びるように適応するが、その代償は恐ろしい。このように調整された脳にとっては、どのような心が安らぐ場所であっても常に危険を孕んでいるように感じられるのである。


極端な例では、幼少期の深刻な虐待と他の精神疾患や神経疾患(例えば境界知能、頭部外傷、各精神病)の組み合わせが、爆発的な暴力を生み出すというケースが幾度となく報告されている。

ドロシー・オトナウ・ルイス博士とジョナサン・ピンカス博士は、暴力的な青年と成人の神経学的・精神医学的履歴を分析した。

研究では、4つの州で死刑になった14人の少年全員のエピソードを細かく調査した。全員が頭部を損傷しており、大きな神経障害があり、12人が低IQ(境界知能)を持ち、12人が子供の頃に酷い虐待を受け、5人が親族から肛門性交などの性的虐待を受けていたことを発見した。

別のケースを調査した研究では、投獄された凶悪犯罪者たちの幼少期の神経・精神医学の記録と家族歴を細かく調査した。将来、殺人犯となる子供たちは、かつて精神病や重い神経障害を患い、非行行為を繰り返していた。

一親等の親族も精神病を患っており、幼少期には重度の身体的虐待を受けていた。警察のリストには、他の非行少年と区別されて掲載されていた。


また、以前に収容された非行少年95名を対象とした調査では、潜在的な神経精神的脆弱性と、幼少期の虐待や家庭内暴力のエピソードの組み合わせにより、どの青年が暴力犯罪に走るかを効果的に予測できることを発見した。

ルイス博士は、児童虐待が暴力行為に関連する全ての重要な要因、すなわち、衝動性、過敏性、過剰な警戒心、パラノイア、判断力・言語能力の低下、自分や他人の痛みを認識する想像力の低下などを引き起こすと結論付けている。

チームの分析が示すように、これらの要因は、虐待の永続的な神経生物学的結果と密接に繋がっている。米国で犯罪を犯した者が有罪判決を下される条件は、善悪の区別がつき、自分の行動をコントロールできる能力が必要だとされている。

しかし、幼少期に虐待を受けた経験がある人は、善悪の判断こそ出来るが、脳が過敏になり、論理的で理性的な半球からの接続が弱く、激しいネガティブな感情が右半球から常に生み出され、攻撃的な衝動を制御する為の論理や理性が乏しいと言える。

神経学的に制御できない行為に対して、刑事責任を問うことは正当と言えるだろうか?

 

検察や識者は、「虐待の言い訳」などというキャッチフレーズを多用し、幼少期のトラウマが行動に及ぼす永続的な影響を否定することに躍起になっている。これは、辛い過去など「根性で乗り越えろ」という励ましと同じくらい思慮に欠けることだ。幼少期のトラウマは本人の意志すら制御できないほどの大きな影響力があり、一過性の心理的な問題ではないのだ。

虐待経験者がトラウマの記憶と折り合いをつけ、加害者を許すことを選択したとしても、神経生物学的異常が元に戻ることはない。虐待歴のある人が暴力犯罪を犯した場合の健全な法的アプローチは、その人の行動を制御する神経生物学的能力を考慮することだけである。

未成年者に成熟した成人と同じ行動制御基準を課すことが不合理で偽善的であるならば、心に傷を負い神経学的障害を持つ成人に、そうでない成人と同じ基準を課すことも同様に不当なことである。幼少期の虐待、年齢、神経学的障害は、公正な社会が無視してはならない重要な問題である。


多くの人が、幼少期の虐待によって暴力性が肥大化していることを知る必要がある。犯罪者と犯罪の内容ではなく、犯罪者の幼少期に焦点を当てることで、暴力を減らす為の長期的な取り組みができるのではないだろうか。

私たちが、幼少期の虐待やネグレクトの事例を年間50パーセント減らすという目標を立てたらどうであろうか。住宅着工件数やインフレ率、野球の成績などを追跡することと同じように、児童虐待に関する統計も熱心に調査したらどうだろうか。

質の高いデイケアや放課後学級へのアクセスを改善することに、真剣に取り組む必要があるだろう。親がより健全で心身ともに健康的に子供を育てる方法を知ることができるよう、教育や支援を行う必要がある。友達や兄弟の関係をより良くすることも必要だろう。

私たちの脳は幼少期の経験によって形作られる。幼少期の虐待経験は、争いや恐怖に対処できるように脳を形成するが、その代償として深く永続的な傷を負う。幼児期の虐待は、「克服」するものでも、出来るものでもないのである。

 

 


いかがでしょうか。虐待、ネグレクト、いじめなど、特に幼少期から子供時代に負った精神的ストレスは、細胞の炎症を招くだけではなく、神経全般の活動を低下させてしまうことが分かります。

長期に渡る虐待経験、いじめ経験者に精神的に不安定な人が多い理由も、こういうことなのですね。精神学的な面を見ていては解決に繋がりません。いや、恐らく回復は困難と言えるのでしょう。

私は小学校生活の6年間を酷いいじめを受けて過ごしました。暴力ではなく、人格否定の言葉と性的ないじめです。その影響は今もなお残ります。私の難病も、ストレスが関係していたのかもしれません。

幼少期の虐待やネグレクト、いじめを受けてきた人の苦しみを100%は分からなくても、経験者のひとりとして理解出来ているつもりです。そして、抱えている絶望をどうすることもできないことも。

私は、絶望を抱える女性を救うことが出来ませんでした。これは専門家であろうと同じ結果でしょう。幼少期や子供の頃の強烈な精神的ストレスは、受けた者でないと分かりません。そして回復することもなく一生苦しみ続けるのです。そのことを少しでも多くの人に理解してもらえたら幸いです。