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時の流れでは癒されない心の傷 幼少期の心理的虐待・ネグレクト 前編


時の流れでは癒されない心の傷:児童虐待の神経生物学的考察 前編
Martin H. Teicher, M.D., Ph.D.(マーティン・H・タイシャー医学博士)の研究より


子供に暴力を振るうことは、発達中の脳に何らかのダメージを与える可能性があると容易に想像できるだろう。では、言葉の暴力など心理的虐待はどうだろうか。身体的虐待ではない為、後々の人生で影響が現れても理解されないことが多いのではないだろうか。

しかし、多くの科学者たちは、あらゆる種類の虐待に起因する半永久的な精神衰弱や、パニック発作心的外傷後ストレス障害PTSD)などの精神関連の疾患に驚くべき関連性を発見している。

幼少期の心理的虐待によるトラウマが及ぼす身体的影響について、神経発達を専門とするタイシャー博士は社会への警鐘を鳴らすだけでなく、新しい治療法への希望を見出している。


アメリカでは、子供の虐待やネグレクトが悲惨なほど多いことを多くの人は知っているだろう。また、子供の身体的、性的、心理的虐待と精神疾患の発症との間に強い関連性があることを示す研究が多々あることも知っているだろう。

このような問題が生じるメカニズムとプロセスを説明する為に、精神科医の多くは人格理論(パーソナリティ障害)や比喩に頼る。

本来、幼少期の本能的な自己防衛メカニズムは成長と共に消滅する。しかし、虐待経験者の多くが大人になっても残ったままだという。これが社会生活や人間関係において大きな悪影響を及ぼす。

幼少期の虐待経験は心理社会的な発達を阻害し、大人になっても心の中に「傷ついた幼少期の自分」が残った状態と考えられるかもしれない。

これらを理解することで、治療中の虐待経験者を精神面で支えられるかもしれないが、多くの人はこれらを説明しても理解が出来ないだろう。多くの人は虐待経験者の苦しみを理解出来ず「頑張って乗り越えよう」 と安易に言葉をかけることになる。

 

マサチューセッツ州ベルモントのマクリーン精神病院におけるタイシャー博士の研究を含め、幼少期の虐待の影響に関する研究で分かったことがある。幼少期の虐待を受けた精神病患者は、身体的でも精神的であっても脳の発達に永続的に悪影響を及ぼす。

幼少期に虐待を受けた精神病患者には、共通して特殊な種類の脳の異常があることが確認されている。また、これらの異常が患者の性格特性や精神症状の説明に繋がることも理解されつつある。

ジークムント・フロイトは「ヒステリーの病因」(1896年)において、幼少期の性的虐待とヒステリー症状の関連性について科学的な文脈で紹介している。フロイトは、自分の患者たちは子供の頃、両親や兄姉、親族から性的虐待を受けていたことを確信していたという。


さらに、フロイトは新しい分析法に基づき、彼らのヒステリーや神経症の症状は、幼少期の抑圧された虐待の記憶のフラッシュバックに直接起因すると主張した。しかし、後にフロイトはこの説を撤回した。子供への虐待行為が一般的によく見られる、という当初の考えを否定したのである。

そして、幼少期の性的虐待の「記憶」は、幼少期に抑圧された単なる空想に過ぎないという、より複雑な説を展開した。

この理論は、その後1世紀に渡り精神医学に大きな影響を与えることになってしまった。精神病患者の幼少期における実際の虐待頻度や度合いや、精神病理学における虐待の影響について、全くと言ってよいほど調査も考慮もされなかったのである。

 

1962年、C・ヘンリー・ケンプが「子供の虐待症候群」を発表し、児童虐待報告法が制定されるまで、両親や親族による子供への身体的虐待は表に出てくることがなかった。

1970年代には、性的虐待や近親相姦の事例が、医学文献に頻繁に掲載されるようになる。1980年代には、性的虐待の発生率と精神疾患との関連について、科学的な研究が発表されるようになった。

今日、深刻なネグレクトや虐待のエピソードが定期的にニュースで取り上げられ、大人が子供に与える残酷な虐待行為の恐ろしさを常に我々に思い起こさせている。サンフランシスコ、ロサンゼルス、カナダ、ニューイングランド、テキサスの大学生を対象にした調査では、幼少期の性的虐待を訴える女性の割合は19~45%であった。

医学文献には、虐待問題に関する研究が数多く掲載されている。この問題に積極的に取り組む精神科医は、直接的な虐待の証拠が精神病患者に見られない場合でも、患者の背景に幼少期の虐待がある可能性を指摘することが増えている。虐待問題は、あまりにも現実的で日常的によく発生しているのである。

 

 

精神疾患との関係

幼少期の身体的、性的、心理的なトラウマは、小児期、青年期、成人期に現れる精神疾患人格障害などに繋がる確率が高くなる。

虐待被害者の怒り、羞恥心、絶望は、うつ病、不安、希死念慮、心的外傷後ストレスなどの症状を生み出し、自傷や薬物乱用など自身に向けられたり、攻撃性、衝動性、非行、多動として外側に(暴力性が)向けられることがある。

幼少期のトラウマは、様々な精神疾患を半永久的に引き起こす可能性がある。1つは心身症であり、医学的な原因が明らかでない身体的な不調や違和感を経験するものである。また、パニック障害もその1つである。

境界性パーソナリティ障害解離性同一性障害は、より複雑で治療が困難な障害で、幼少期の虐待と強く関連していると考えられている。

境界性パーソナリティ障害の人は、他人を白黒で見る傾向がある。何らかの裏切りを行為をされたと感じると烈火の如く中傷するのが特徴である。非常に不安定な人間関係を経験し、空虚感や自分の存在証明に自信が持てず、薬物乱用などで現実から逃避したり、自傷行為、衝動的な自殺願望を経験する。激しい怒りに悩まされ、その多くは自分自身に向けられる。

解離性同一性障害は、以前は多重人格障害と呼ばれていた障害であり、境界性パーソナリティ障害がより深刻な状態となった障害と見ることができる。

 

心的外傷後ストレス障害PTSD)は、生命の危機や悲惨な出来事を経験した人の一部が罹患する。当初は戦争に参加した退役軍人で発見されたが、今は自然災害での被災や、心身・精神的な虐待経験、その他の悲惨な経験でもPTSDになることが分かっている。

PTSDは、日中の活動時や就寝時に関わらず、トラウマとなる過去の出来事がフラッシュバックし続け、トラウマの記憶が蘇るような状況を積極的に避けるようになる。また、全般的に反応が鈍くなり、社会活動等への関心が薄れ、感情の幅が狭くなり、他者から距離を置いたり、常に疎外感を感じることもある。

また、頻繁な覚醒(入眠困難睡眠障害など)、常に精神的なイライラを感じたり、怒りが頻繁に爆発したりすることも特徴である。集中力の低下、警戒心の高まり、過剰な精神反応などを経験することもある。

 

 

虐待と脳の発達との関係

1世紀以上に渡り、科学者たちは、脳と行動の発達において、経験と遺伝的素養の相対的重要性を激しく議論してきた。現在、遺伝子が脳の基礎と全体的な構造を構成し、脳と遺伝子の無数の繋がりは経験によって形成されることが分かっている。

動物実験に基づき、科学者たちは長い間、幼少期の愛情の欠乏や虐待経験が神経生物学的な異常をもたらすと信じられてきたが、人間も同様であるか否かを証明する実験や根拠は最近まで存在していなかった。

1983年、A・H・グリーン博士は、性的虐待や精神的虐待を受けた子供たちを調べた結果、暴力による明らかな頭部外傷がなくても、性虐待や精神虐待が神経へ損傷を与えることが分かった。

軽度の神経学的障害や軽度の脳波異常は、虐待経験のない子供よりも虐待経験がある子供たちに多く見られたが、グリーン博士は、虐待がその原因だとは考えなかった。むしろ、子供たちの神経学的障害がトラウマを生む悲惨な環境要因を作り出したと考えたのである。

1979年、R・K・デイヴィス博士は、家族と近親相姦関係にあった22人の患者(子供たち)のうち、77%に脳波異常、36%にパニック発作が見られたと報告した。デイヴィス博士は、これらの子供たちには神経学的なハンディキャップがある為に、精神コントロールされて家族から性的虐待を受けやすかったと解釈した。

 

タイシャー博士の仮説は、虐待というトラウマが、脆弱な脳領域の発達を媒介するホルモンや神経伝達物質の変化を含む一連の影響を引き起こす、というものである。虐待は必ずしも決まって行われるとは限らない為、この仮説を人間で検証するのは困難である。

虐待の経験と身体的・神経的な異常の存在との間に関連性が認められる場合、虐待がその異常を引き起こしたと考えて良いかもしれない。

しかし、グリーン博士やデイヴィス博士の説が示すように、身体的・神経的異常が先に発生し、それが親からの虐待を引き起こす確率を高めたとも考えられる。その異常が家族内にも影響を及ぼし、家族や他の親族による虐待行為がより頻繁に引き起こされた可能性も考えられるだろう。

これらの矛盾する仮説を整理する為に、タイシャー博士の研究チームは人間同様にストレスコントロールできる動物を用い、類似の初期ストレスの研究を行った。結果、従来の研究と同様の結果が得られたことで、トラウマが脳や神経にダメージを与えるのであり、その逆は無いという確信を持ったのである。

つまり、グリーン博士やデイヴィス博士による、生まれ持った要因が虐待を引き起こしたという説を否定する結果を得たのである。

続く。